CEOメッセージ(統合報告書2025ディスクロージャー誌)


はじめに
未来は、感じた瞬間から始まっている
今から55年前、「人類の進歩と調和」を掲げ、大阪で日本万国博覧会が開催されました。小学生だった私は、地元ということもあり、半年の開催期間中に9回会場を訪れた記憶があります。電気自動車や携帯電話、動く歩道から缶コーヒーに至るまで、現代社会で広く普及している製品やサービスが初めて登場したのが、当時の大阪万博でした。圧倒的な存在感を示す太陽の塔の前には大きな屋根がかけられ、世界各国の人々が集まるお祭り広場がありました。アジア初開催の万博に相応しく、科学技術だけではなく文化交流の場を設けることで、より多くの国や地域が参加できるように趣向を凝らしたのでしょう。戦後の復興から世界との調和へと進む日本の未来を目の当たりにして、胸の奥を熱くしたことを今でも鮮明に覚えています。
幼かった私に難しいことは分かりませんでしたが、未来とは、予測や計画ではなく、自らが意志を持って切りひらくものなのだという直感を持ちました。この時の記憶が、これまでの私を支える原動力になりました。半世紀以上の時を経て、再び大阪で未来をテーマに万博が開催されている今、私が未来をつくる信託グループの経営を担っていることは偶然ではなく、自らの意志が導いた結果という面もあるのでしょう。
三井住友トラストグループは昨年、創業100年を迎えました。信託100年の歴史は、時代により変化する社会課題を解決してきた歴史です。経済や社会が高度化・多様化し、自己責任と契約だけで解決することがより難しくなっている現代では、心から信頼して悩みを打ち明けられる相手が必要です。信託は安心・安全を提供する頼れる存在として、契約関係を超えた信認義務に基づき、委託者の豊かな未来を実現するために責任を果たします。
私たちは、超高齢社会における国民の資産形成と、脱炭素化に向けた巨額の投資という社会課題に着目し、投資家と事業者をつなぐ資金・資産・資本の好循環を創り出す取り組みを行っています。我が国が掲げる資産運用立国の構想は、この好循環なくして実現することはできません。社会や経済のあらゆるインベストメントチェーンに関わる当グループが果たす役割の大きさに身が引き締まる思いですが、いつの時代も社会課題を解決してきた信託の力を、私は信じています。
デジタル技術の進歩は信託の持つ可能性を飛躍的に高めて、より多くの方々に、専門的で多様な商品・サービスの提供を可能にしていくでしょう。お客さまが抱える漠然とした将来への不安に寄り添い、信じて託されることへの誇りと覚悟を胸に、次の100年を切りひらいていくこと。私たちが掲げる「託された未来をひらく」というパーパスには、まさにこの想いが込められています。
未来適合に向けた人的資本強化
新しい技術や情報に適応できる人たちが未来をつくる
1990年代前半、日本の若者たちの間では、パソコン通信と呼ばれたクローズドネットワークでの通信サービスが流行していました。私も自分でモデムを購入し、特定のサーバーにダイヤルアップで接続したうえで、自らテキストを書き込んでいたことを思い出します。インターネットの普及が始まって早々にブログページを作ったりもしました。周囲の同僚や先輩たちも、何らかの変化が起きているという漠然とした感覚と好奇心に動かされながら、将来、オープンネットワークを用いた通信サービスが広く普及し、日常の生活や仕事のスタイルが抜本的に変わっていくだろうと感じていました。いつの時代でも、過去の慣習や常識に縛られず、新しい技術や情報に適応できる人たちが未来をつくっていくのだと思います。
こうした経験もあって、未来を担う若い世代が積極的に挑戦できる環境を用意することが、私たちの世代の責任だと信じています。今年度から三井住友信託銀行で導入する新しい人事制度は、年齢や性別に関わらず、意志を持って自律的にキャリアをひらく人材が活躍できる制度です。未来をつくる人材は、内発的なモチベーションに基づいて結果を恐れずに挑戦する人たちであり、与えられた役割や責任の範囲内で評価・登用する人事制度は通用しません。企業と社員が常に選び選ばれ、企業価値向上と自己成長・自己実現を共通のベクトル上で実現できる設計に変えていく必要があります。
2011年の経営統合後に入社した社員が過半を占めるようになりました。若い頃からインターネットを駆使して、生成AIやブロックチェーンなどの技術を抵抗なく受け容れる世代が、信託の未来を担っていきます。社長に就任して以来、海外を含む多くの若手社員との対話を重ねてきました。「もっと大きな役割を担いたい」と目を輝かせて語る社員たちの姿に、明るい未来への手応えを感じています。現状に満足せず、自ら考え、自ら判断し、自ら行動することの大切さを社員たちに伝えながら、私自身も刺激を受けて良い活力になっています。
多様性を高めることも、企業成長には欠かせない重要な取り組みです。当グループは、2030年までに女性役員比率30%以上を目指していますが、いずれこうした数値目標が不要になるくらい当たり前のことになるでしょう。日興アセットマネジメント※では、社長のステファニー・ドゥルーズ氏を中心に、取締役11名のうち5名が外国籍、5名が女性で、多様性の高いガバナンス態勢になっています。環境の変化や不測の事態への対応力を高め、未来に適合できる人材を絶えず輩出できる企業であり続けること―これが、信託とともに100年の歴史を紡いできた三井住友トラストグループの最大の競争力になると考えています。
※日興アセットマネジメント株式会社は2025年9月1日付でアモーヴァ・アセットマネジメント株式会社に商号変更します。

当グループが向き合う課題
本当に大切な仕事ほど、すぐには評価されない
1990年代半ば、私は中堅社員として、人事部で人事制度改革を担当していました。財務の健全化と多様な人材ポートフォリオの構築を同時に進める中で、新たな人事考課のプロセスとして、上司から部下への業績評価フィードバックを加えることを提言しました。当時は多くの企業で上意下達のカルチャーは当たり前で、上司から部下に評価の根拠や理由を説明していませんでした。良いか悪いかではなく、評価運営とはそういうものだという認識しかありませんでした。当然のように多くの人から反対されましたが、私たちは、社員が自律的なキャリア形成を進めるうえでは欠かせないプロセスの見直しであり、これからの会社や社員にとって必要なことだと信じて、初志貫徹でやり遂げました。
私はこの経験を通じて、「本当に大切な仕事ほど、すぐには周囲から評価されない」ということを学びました。未来志向で物事を変えていく際には、これまでの運営やルールが正しいと信じてきた人たちからの反対が当然に生じます。起こり得る変化を先回りして捉えた考え方は、変化が起きる前には全く理解されず、評価されません。また、実際に変化が生じたときには自分はもうその役割から退いていますので、誰がその考え方を発信したのか、誰も覚えていません。本当に必要だと思うことは、周囲の評価を気にせず、自らの信念でやり遂げるほかないのです。
この思いは、経営者になった今も変わりません。経営において最も重要なのは、中長期の目線で未来を見据えて、戦略を練ることです。その観点からも、国内外の長期投資家との対話を通じて、自分の視座を共有し、投資家の皆さまから経営に関する意見やアドバイスをいただけることは、非常にありがたいことです。もちろん、さまざまな株主やステークホルダーが存在しますので、長期的な時間軸で理想を追い求めると同時に、足元の業績を着実に積み重ねていくことも重要です。
そして今、私たち三井住友トラストグループが向き合う課題は大きく3つあります。
Total Shareholder Returnの推移(2023年3月末=100)

- ※1配当込みJPX日経インデックス400
- ※2配当込みTOPIX業種別(銀行業)
1つ目は、割安な株価を解消することです。2022年末に日本銀行が金融政策の修正を公表してから現在に至るまで、当社の株価は邦銀セクター内でのアンダーパフォームが続いています。
先日、北米へ出張した際に、当社株式を長期間保有していただいている機関投資家から、「あなたたちは信託グループでしょう。商業銀行グループと異なる収益構造やビジネスモデルを持つ御社の株価が、同じ推移を辿ることは最初から期待していない」と言われ、苦笑させられるとともに、大変励みになりました。
2024年度は、信託関連ビジネスを中心に手数料収益を大きく伸ばし、中期経営計画で掲げていたROE目標を1年前倒しで達成することができました。まだ割安な株価の問題解消には至っていませんが、当グループの成長を信じてくださっている長期投資家の皆さまに、戦略の進捗を実感いただけたのではないかと思います。ROE10%、さらにその上を実現していく資本効率性の高い成長戦略を着実に遂行し、持続的な収益成長の果実を安定的に還元することで、早期にPBR1倍を超え、さらなる高みを目指してまいります。

また、多くの機関投資家の皆さまからは、コーポレートガバナンスのさらなる高度化を推し進める中、取締役会の実効性を高めるうえでのアドバイスをいただきました。全てに応えられているわけではありませんが、本年6月に社内取締役を3名減らし、当社の取締役数は13名、独立社外取締役が過半数の構成になりました。指名委員会と報酬委員会は独立社外取締役のみで構成され、女性取締役の比率も20%を上回っています。引き続き経営の専門性と多様性を高めながら、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支えるガバナンスの充実・高度化に取り組んでまいります。
課題の2つ目は、当グループの持続的な収益成長です。足元は、投資拡大や金利上昇などが信託ビジネスと銀行ビジネス双方の収益を引き上げ、政策保有株式の売却益も期待できる市場環境ですが、いつまでも追い風が吹くわけではありません。当グループの成長戦略は資産運用・資産管理ビジネスを軸としており、収益が顕在化するまでに一定の時間を要します。収益が堅調に伸びている間に、将来成長への投資や経営基盤の高度化をしっかりと進め、持続的で安定した企業価値の向上を図ります。
資本効率の高い収益成長の起点になるのが、政策保有株式の削減です。削減により創出したリスクアセットは、インパクトエクイティ投資やプロダクト与信など、期待リターンの高い投融資に再配分することで、投資家資金を呼び込み、AUF(Assets Under Fiduciary)拡大につなげます。累進的な配当で株主の皆さまに還元しながら、資産運用・資産管理領域におけるインオーガニック投資や、当グループの将来成長を支える社員やシステムへの投資を積極的に行ってまいります。
持続的な収益成長を実現する事業ポートフォリオの見直しも進展しています。現行の中期経営計画を策定する時に、当グループのありたい姿を定め、その未来に向かってあらゆる手を打っていくことを決めました。投資回収や戦略的パートナーシップの締結などが進み、ありたい姿へ着実に近づいている手応えを実感しています。
課題の3つ目は、人的資本の進化です。人材は最も重要な資産であり、私自身、人事部の部長や役員として、社員の育成や能力開発に取り組んできました。社長就任後も、デジタルやサステナビリティといった変化に対応し、当グループの未来をつくる人材ポートフォリオの構築に力を入れています。
デジタルの分野では、2021年4月にデジタル戦略子会社としてTrust Baseを設立しました。当時30名程度だった陣容は、今では外部パートナーを合わせると200名以上まで増強され、当グループのさまざまなビジネスや業務をデジタルの側面でサポートしています。また、以前は支店など営業部署が主流だった新入社員の初期配属先も、数年前からIT・システム関連部署に1割以上を配置するなど、デジタル領域における専門人材の育成・確保に力を入れています。
サステナビリティ分野では、2021年4月にテクノロジー・ベースド・ファイナンスチームを立ち上げました。金融機関とは全く異なる視点と能力を持つ、博士号を有する研究者などの専門家を10名ほど採用し、企業のお客さまが抱える技術面での課題解決をサポートしています。インパクトエクイティ投資やサステナブルファイナンスなどの領域で活躍していますが、信託銀行の営業部署と連携した活動を続けることで、組織全体の知見・ノウハウ向上が図れています。
資産運用ビジネスでは、プライベートアセットの取り組み推進と人的リソースの確保・育成などの観点から、三井住友信託銀行内の専門部署と三井住友トラスト・インベストメントの統合を2025年度内に実施します。
専門性の高い即戦力人材の採用も同時並行で進めますが、信託グループの総合力を活かしたビジネス推進には、オーガニックな人材育成が非常に重要です。未来に必要な人材の計画的な育成と確保に努め、社会やお客さまの課題解決を通じた企業成長を実現してまいります。
おわりに
ステークホルダーの皆さまとともに未来をひらく
現在、世界はかつてないほどの不安定な情勢に直面しています。地政学的な緊張、経済の不確実性、自然災害の大規模化など、さまざまな要因が複雑に絡み合い、未来に対する懸念を深めています。このような状況だからこそ、社会的価値創出と経済的価値創出の両立を経営の根幹とする私たち信託グループは、社会やお客さまの課題解決を通じた持続的な成長を最優先に考えて行動します。
過去の歴史を振り返っても、信託には資産や時間を転換する機能があることは明らかで、時代の変化に対応して、困難を乗り越える柔軟性と創造性が備わっています。私たちは信託の機能やネットワークを活用し、変化への適応力と専門性の高い多様な社員たちが創意工夫を重ね、時には心強いビジネスパートナーと一緒に、課題解決に向けた付加価値を発揮することができます。信託の力を信じて失敗を恐れず挑戦し、社員一人ひとりが内発的なモチベーションに基づく自己成長を実現して力を合わせ、ステークホルダーの皆さまとともに未来を切りひらいていきます。
それが、「託された未来をひらく」というパーパスに込めた、私たちの約束です。
