CEOメッセージ(統合報告書 2026 ディスクロージャー誌)
資金・資産・資本の好循環
政策保有株式ゼロ宣言に込めた覚悟
このたび、三井住友トラストグループの取締役執行役社長(CEO)に就任いたしました、大山でございます。
100年以上の歴史を有する信託銀行グループの経営を担うにあたり、ステークホルダーの皆さまへ、私の覚悟と決意を申し述べます。
当グループは、1924年の創業以来、「社会課題の解決を通じて国民経済に貢献する」という揺るぎない理念のもと、時代の要請に応じて新たなビジネスに果敢に挑み、我が国の発展に寄与してまいりました。その歩みはまさに「挑戦と開拓」の歴史そのものです。
この歴史と精神を確かに受け継ぎ、我が国の永年の金融課題である「貯蓄から投資」において、当グループが中核的な役割を果たすことこそが、私に託された使命であり、責任であります。私たちがこのテーマにこだわる理由は明確です。それは、当グループのパーパスである「託された未来をひらく~信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる~」という言葉を、単なる理念ではなく、現実の社会変革として具現化させるためにほかなりません。
私自身の原点は、1996年に打ち出された「日本版ビッグバン構想」にあります。
「高齢化社会に備え、国民の資産を有効に活用し、成長産業へ資金を供給し、日本を国際金融センターとして再生させる」という壮大な構想に、当時30歳過ぎの私は高揚感と強い使命感を抱いていました。
しかし、その後の金融危機により、不良債権処理と金融システムの安定化が優先され、本来取り組むべき課題は先送りされていきました。
「当時から課題は明確であったにもかかわらず、我々銀行業界は本質的な課題に向き合ってきたのだろうか」――この自問は、今なお私の中で去来し続けています。
1999年の公的資金注入や金融再編を目の当たりにする中で、私は一つの確固たる思いを胸に刻みました。
それは、信託銀行が大同団結し、信託銀行を中心とした金融グループをつくり上げ、我が国の永年の金融課題である「貯蓄から投資」において、中核的役割を果たすこと。それこそが、信託銀行の社会的使命であり、同時に、我々世代が背負うべき「未来への責任」ではないかという思いです。
信託銀行は、高度経済成長期において貸付信託を通じて家計の資金を基幹産業へ供給し、日本経済の発展を支える資金循環の要として機能してきました。その原点に立ち返り、今の時代にふさわしい新たな資金循環を創り出すことは、信託銀行の本質的な役割であり、未来に対する責務であると考えています。
以来、一貫して、私は「日本の金融・社会課題に真正面から取り組む」ことを自らの信条としてきました。2009年に、私は住友信託と中央三井信託の経営統合に、基本合意の段階から携わる機会を得ました。そして、2011年、両社が経営統合することとなり、一つの大きな夢は実現しましたが、同時に我々の挑戦はなお途上にあるとの認識を強めました。
2021年に三井住友信託銀行の社長に就任した際、この問題意識を経営の中心に据え、「資金・資産・資本の好循環の実現」を掲げました。そして、その覚悟を社内外に明確に示すため、「政策保有株式ゼロ」という方針を打ち出しました。
資本市場における資金の流れを阻害する要因を残したままでは、本格的な好循環は実現できません。最も難易度の高い改革から着手することで、当社の意思と本気度を明確にする必要があると考えたためです。
当初は冷ややかな見方もありましたが、この決断は組織を一つに束ね、その後の改革を加速させる起点となりました。また、この取り組みは金融界全体へ波及し、日本企業のコーポレートガバナンス改革を前進させる契機ともなりました。
政策保有株式ゼロは、当グループが「資金・資産・資本の好循環」の中核を担うという意志を体現した象徴的な取り組みであると考えています。
社会課題解決型ビジネスのリーディングカンパニー
「選ばれる存在」となるために
当グループが目指す「資金の好循環による成長」とは、機関投資家が投資先の企業価値向上を促し、その果実が国民の資産形成へと還元され、さらには投資や雇用の拡大を通じて経済全体の持続的成長につながる循環を指します。
この循環において、銀行であり、機関投資家であり、不動産機能を有する当グループは極めて優位なポジションにあります。機関投資家として企業に価値向上を求めるにとどまらず、銀行機能や不動産機能を活用し、企業価値向上に資する具体的なソリューションを提供することが可能です。そして、その成果を年金や投資信託を通じて、家計に還元することで、資産形成の好循環を実現していきます。
また、市場という観点から見ても、当グループは、金融市場のみならず、不動産をはじめとする資産市場や株式等の資本市場など、資金・資産・資本が循環するあらゆる市場に関与しています。
インベストメントチェーンのあらゆる領域に関わる存在であるからこそ、幅広い信託機能を活用し、「資金・資産・資本の好循環」を支える金融インフラとしての役割を担うことができるのです。
一方で、我が国の資金循環を停滞させている要因の一つに、資金の調達と運用の間に存在する流動性のミスマッチがあります。銀行は、流動性の高い預金などの短期資金を原資に、長期貸出等を行うというミスマッチを引き受けていますが、それは厳格な規制と高コストのCET1資本によって支えられています。
他方、資産運用業界においては、年金や保険といった長期資金を集めながらも、主として流動性の高いパブリックアセットで運用しており、本来享受し得る流動性プレミアムを十分に取り込めていない状況にあります。
当グループは、銀行として企業の経営情報にアクセスし、プライマリーな情報に基づいて案件を組成できる点において、資産運用会社や機関投資家にはない強みを有しています。加えて、バランスシートを活用して自らリスクマネーを供給できる点は、特にプライベートアセット領域における優位性を端的に示すものです。さらに、年金基金をはじめとする機関投資家や富裕層など、安定的な長期資金の担い手からなる良質な投資家基盤を有していることも、当グループの大きな競争力です。
日本ではインフレ経済への移行を契機に、銀行預金に依存した従来型の資金供給モデルに変化の兆しが見え始めています。2%を超える物価上昇が継続する中、家計は金融資産の実質的な目減りに直面し、資産配分の見直しを進めています。実際、2025年以降、家計のマネーフローにおいては、投資信託や年金・保険といった長期資金へのシフトが現預金の増加を大きく上回り、現預金比率も50%を下回る水準にまで低下しています。
こうした環境変化を背景に、「貯蓄から投資」の流れが本格的に加速しています。
当グループは2035年に向けた「ありたい姿」を「社会課題解決型ビジネスのリーディングカンパニー」と定め、この実現に向け、収益力の指標としてROTCE16%、成長力の指標として実質業務純益1兆円という極めて挑戦的な目標を掲げました。
グローバルな金融機関の中で当社が真に「選ばれる存在」となるためには、単なる資本効率の向上にとどまらず、投資家が当社を明確に認識するだけの事業規模とプレゼンスの確立が不可欠です。
縮小均衡に陥ることなく、従来の延長線上にはない、非連続な成長を実現し続ける――この目標は、その強い意志を内外に示すものです。
新たな挑戦で未来をひらく
新たな成長曲線の創出に挑戦する3年間
「ありたい姿」に向けて確かな成長軌道を描くための中期経営計画(2026~2028年度)のコンセプトは、「新たな挑戦で未来をひらく」です。
「ありたい姿」に至る成長軌道は、現時点で全てを明確に描き切れているわけではありません。しかし、既存の成長戦略の延長線だけでは到達できないことは明らかです。当グループが真に「選ばれる存在」になるためには、収益力と成長力の飛躍的な向上が不可欠であり、その実現は今後3年間で新たな成長モデルを確立できるかどうかに懸かっています。
当グループの収益成長を牽引するドライバーは、「資産運用ビジネス」「バランスシートの変革」「個人ビジネス」の3つです。本中期経営計画では、これらの成長領域に金利上昇の効果も織り込み、2,000億円以上の粗利拡大を目指します。
資産運用ビジネスでは、世界的な報酬率低下という課題に正面から向き合い、プライベートアセットなど高付加価値領域でのAUM拡大を通じて、収益成長を実現します。
バランスシートの変革では、銀行のオリジネーション機能と長期資金の調達力を活用し、インフラや不動産といった実物資産を中心に、投資家への展開が可能な採算性の高い資産への投融資を拡大します。あわせて、政策保有株式の削減や低採算資産の圧縮を加速し、リスクアセットの再配分を通じて資本効率のさらなる向上を図ります。
個人ビジネスでは、三井住友信託銀行を中核に、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント、住信SBIネット銀行などグループ各社の強みを融合することで、預かり資産と顧客基盤の飛躍的な拡大を目指します。お客さまのファイナンシャル・ウェルビーイング実現に向け、長期・安定運用ニーズに応える「一任」サービスでプレゼンスを発揮し、収益の大幅な成長を実現していきます。
資本運営の考え方は、極めてシンプルです。まず、当グループの持続的な成長を長期にわたり支えてくださる株主の皆さまに対し、利益の50%以上を還元することをお約束します。また、1株当たり配当金の累進性も引き続き確保します。安定的な配当運営の観点から、政策保有株式の売却益が大きく発生する期間においては、当該利益を除いた修正純利益を基準に配当金を決定します。本業収益と一過性の政策保有株式の売却益を明確に切り分けたうえで、配当と自己株式取得を合わせた総還元性向を50%以上とし、利益成長の果実を着実に株主の皆さまへ還元していきます。
残余資本については、まず企業価値向上に資する成長投資に優先的に配分します。「ありたい姿」の実現に向け、とりわけ資産運用領域を中心に積極的な資本活用を検討していきますが、高値での投資を志向するものではありません。厳格な投資基準のもとで慎重に判断し、適切な投資機会が見出せない場合には、資本の効率性に資する還元策として、業績や資本の状況および当社の株価などを踏まえ、自己株式取得を機動的に実施してまいります。
業務プロセスの抜本的な変革
信頼性と生産性の向上を両立
2026年5月に実施した投資家向け説明会では、三つのキーワードを用いて、当グループの成長戦略を説明しました。これらは同時に、私が社員に最も伝えたいメッセージでもあります。
一つ目は、「挑戦」です。新たな価値の創造にはイノベーションが不可欠ですが、その源泉は多様性の相互作用にあります。当グループには、情報の共有や組織間連携を支える風通しの良い企業風土と、真剣に取り組んだ結果の失敗であれば必ず誰かが支えてくれる文化があります。失敗を恐れず、果敢に挑戦し続けることこそが、次の成長につながります。
二つ目は、「実行」です。目標を掲げる以上、必ずやり遂げるという強い意志を社員一人ひとりが持ち続けることが重要です。単に実行するのではなく、予期せぬ変化にも柔軟に対応しながら、期待を上回るスピードとクオリティでやり切る。この「実行力」に徹底的にこだわってほしいと考えています。
三つ目は、「共創」です。「チームで勝つ」――これは、私のリーダーとしての信条です。自分一人では決して成し遂げられない大きなことも、同じ目的に向かう仲間と英知を結集し、協働することで実現できます。それこそが、組織で働く醍醐味であり、最も楽しく幸せなことだと、私は信じています。社員が心から共感し、胸を躍らせる未来のビジョンを描き、それを客観的・論理的なストーリーで示すことが、リーダーに求められている役割です。
また、長期的な成長戦略を支える経営基盤として、業務プロセスの抜本的な変革を進めていきます。I&T領域では、三井住友信託銀行の米山社長がグループ全体を統括し、AIエージェントの内製化にこだわった生産性改革を進める体制を整えました。信託業務は、お客さま一人ひとりのニーズに応じた少量多品種の商品・サービス提供が付加価値である一方、デジタル化が困難で、人に依存したオペレーションが多く残っているのが実情です。
これまで当グループではRPAの活用により省力化を進めてきました。その結果、各ビジネスラインで構築された業務プロセスが横展開され、グループ全体で自律的に効率化が進む好循環が生まれています。
今後は、この仕組みをAI領域へと拡張していきます。社員一人ひとりがAIを駆使し、自ら業務プロセスを設計・進化させていく。その積み重ねが、信頼性と生産性の向上を高いレベルで両立する新たなオペレーションモデルの確立につながると確信しています。
時流は我々にあり
天命と対峙して、人事を尽くす
「大切にしてきたものを、未来を信じて託したい」――そういう思いから、信託は生まれたと思っています。信託には多彩な機能がありますが、私は、その本質として「時間転換機能」に着目しています。
それは、年金や遺言信託に象徴されるように、自らがいなくなった後においても、想いや志を代わりに実現する力です。
信託には未来をひらく力があります。それは同時に、そうした力を有しているが故に、常に将来世代のことを考え、行動しなければならない「未来への責任」を背負っているとも言えます。
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があります。今の私の心境を率直に申し上げれば、「天命を待つ」のではなく、「豊かな資金循環を創り出す」という「天命と対峙して、人事を尽くす」という覚悟です。
今、日本の金融界は大きな歴史的転換点を迎えています。長らく続いたデフレからインフレへの転換、金利のある世界の復活、そして、日経平均株価の史上最高値更新。さらに、2,000兆円を超える家計金融資産が「貯蓄から投資」へと大きく動き出そうとしています。
「資金・資産・資本の好循環」が実現するか否か、――それは、日本経済が再び成長軌道へ回帰できるか否か、を左右する極めて重要な局面にあります。そして今、まさに時流は明らかに我々にあります。
私は、この天命に真正面から向き合い、託された使命を全力で果たしてまいります。
社会に新たな価値と持続的な豊かさをもたらす資金循環を創り上げる――それは、信託に託された本源的な使命にほかなりません。
時を越えて想いをつなぎ、未来をひらく。その揺るぎない志のもと、歩みを進めてまいります。
三井住友トラストグループの未来に、どうぞご期待ください。
2026年7月